痒みは、皮膚病における最も不快な症状の一つで、稟告りんこでよく聴取される症状です。
痒みに対する最も効果的な治療は、痒みの原因を除去することです。本来「痒み」は、 皮膚表面の刺激物を払い落とす行動を誘発させる感覚のことを言い、皮膚からの異物侵入を防ぐ生体防御機構の一つです。したがって、その刺激(刺激物)が取り除かれると、引っ掻き行動は止まります(痒みは治まる)。しかし、いつまでも刺激が取り除かれない場合、ずっと掻き続けることになります(痒みは治まらない)。いつまでも治まらない痒み(慢性掻痒)は、慢性的な痛みに匹敵するほどの苦悩をもたらし、生活の質は著しく低下をもたらします。
痒みの感覚は、表皮内に分布する痒みを特異的に伝達する感覚神経(無髄 C 神経線維)により脳に伝えられます。
炎症性の痒み
痒み感覚神経には、痒み誘発物質やそれにより細胞から誘発される物質が結合する様々な受容体と、侵害刺激を受容する陽イオンチャンネルの TRPV1 および TRPA1、そして、神経に活動電位を発生させる電位依存性ナトリウムチャンネル Nav1.7 が存在します。
表皮バリアの異常が生じると 物理的に外来抗原や微生物の経皮的暴露を招くとともに、表皮細胞に炎症性物質を放出させ、初期炎症を起こす。また掻破で破壊された角化細胞からIL25 33 TSLPが生じ、皮膚の免疫細胞(肥満細胞・T細胞・好中球・好酸球・好塩基球など)を2型炎症に傾け、炎症性物質(サイトカインIL4.13.31・ケモカイン・プロテアーゼなど)を放出させる。IL4.13.31はそれ自体が角化細胞に作用しフィラグリンを抑制することで、さらに皮膚バリアの破綻をアレルギー性炎症を惹起する。IL31、TSLPの産生亢進は 痒みを引き起こし、搔破による表皮バリアの破壊につながり痒みと搔破の悪循環を引き起こす。炎症性細胞から分泌された物質は、痒み感覚神経の受容体に結合し、受容体からのシグナルで TRPV1/TRPA1 を活性化し、これによりNav1.7 のイオンチャンネルが開いて活動電位が発生して痒み刺激が脳に伝えられます。
痒み感覚神経には、ヒスタミン作動性神経と非ヒスタミン作動性神経があり、これら二つは、完全に独立した神経回路で、異なる神経回路を伝って異なる脳の部位に痒み刺激を伝えます。
ヒスタミンは主にマスト細胞と好塩基球から放出される。ヒスタミン作動性神経には、ヒスタミン受容体(H1R および H4R)があり、ヒスタミンが結合することで TRPV1 が活性化し、痒み刺激を脳に伝わります。また、活性化したヒスタミン作動性神経は、神経ペプチド(サブスタンス P とカルシトニン遺伝子関連ペプチド)を分泌し、局所血管拡張、血漿漏出、肥満細胞の脱顆粒を促進します。このように、ヒスタミン作動性神経は、急性掻痒(蕁麻疹など)に関与します。
一方、非ヒスタミン作動性神経は、慢性掻痒に関与しています。ヒスタミン以外の痒み誘発物質を受容して痒み刺激を脳に伝える神経で、これにも様々な受容体が発現しています。これらの受容体からのシグナルが TRPV1 と TRPA1 を活性化させ、痒み刺激を脳に伝えます。
このように、痒み刺激を伝える神経回路は1本ではないこと、痒み誘発物質には非常にたくさんの種類があること、さらに痒み誘発物質の受容体も多くの種類が存在することから、単一の治療だけでは痒みをうまく治めることができない可能性が示唆されます。また、痒みの原因に対応した治療を行わなければ、痒みは治らないこともわかります。
非炎症性の痒み
外因性または機械性痒み アリなどの昆虫が皮膚をはい回る際に生じるチクチクとした痒みで異物は皮内に侵入しておらず炎症は生じない PIEZO2受容体が関与 メルケル細胞に過剰発現し、メルケル細胞由来のシグナルは痒みを抑える方向に働く 加齢でメルケル細胞はへり 高齢者は 皮脂欠乏をきたしやすい上に 機械性刺激に対して痒み過敏の状態になりやすい
内因性の痒みが中枢性の痒みで メディエーター(胆汁酸やオピオイド)が 皮膚の末梢神経でなく脊椎や脳などの中枢神経細胞の受容体に直接結合する 肝不全や腎不全に合併する痒み 胆汁酸の受容体TGR5は中枢神経系に直接作用するほか組織中のマクロファージにも作用し、オピオイドを産生させる オピオイドはオピオイド受容体に結合する物質の総称 オピオイド受容体は中枢神経に発現しており、腎不全や肝不全の痒みに関与する μ受容体MORとκ受容体KORがあり、前者は痒みの誘導、後者は抑制に働く ナルラフィンはKORの作動薬 TGR5やオピオイド受容体はTRPA1の活性化を介して シグナル伝達をする
痒みを引き起こす炎症性サイトカイン
IL31
Th2サイトカイン産生されるTH2サイトカインの一つ アトピー性皮膚炎や結節性痒疹の皮疹部で高発現 ネモリズマブ(商ミチーガ抗IL-31受容体抗体 )が アトピー性皮膚炎の痒みに有効
IL-4/13
IL-4/13受容体は 炎症が慢性的に持続した場合に神経細胞上に発現してくる アトピー性皮膚炎は 2型の炎症性皮膚疾患であるが、その臨床像は慢性湿疹で病態はIL-4/13が主 デュピルマブ(商デュピクセント)はID-4Rαを阻害して4/13のシグナルをブロック
IL-17
Th2サイトカイン以外の痒みメディエーター T17細胞から産生 アトピーの急性増悪で発現が高まる
尋常性乾癬においては IL-23とならんで病態の中心となる セクヌマブ(商コセンティクス) イクセキヌマブ(商ドルツ)
TSLP
T細胞から産生されるサイトカインだけでなく 表皮角化細胞から産生されるTSLPも 痒みのメディエーター。活性化ビタミンD3製剤の外用で強く誘導される
JAK阻害薬
抗ヒスタミン薬はアトピーで広く処方されるが、アトピーの病態の中心は Th2サイトカイン(IL-4/13/31)が病態形成の中心 これらのシグナルの抑制が痒みのコントロールに効く TH2サイトカイン受容体の抗体薬(31ネモリズマブ、 4/13デュピルマブ)がアトピーに有効な一方、その下流でJAK/STAT経路が活性化される JAK阻害薬は抗サイトカイン薬で アトピーの痒みに有効 外用のデルゴシチニブ、内服薬としてバリシチニブ、ウパダシチニブ、アブロシチニブの3剤がアトピーに使用可能。
蕁麻疹に抗ヒスタミン薬が効かないときは セチリジンをレボセチリジン(ザイザル)に ロラタジンをデスコロラタジン(レザレックス)やルパタジンに変更
切り替えなら薬剤の構造が大きく異なるもの 2000年以降の三世代抗ヒスタミン薬には タジンがつくので区別される 倍量でも効果不十分なら H2ブロッカーを併用 最近は特にラフチジンが注目
身体には多種多様な微生物が存在し、安定した微生物叢を形成することで、生体の恒常性維持に寄与している。近年マイクロバイオーム(微生物叢を構成する微生物種の集合ゲノム)を網羅的に解析することが可能となり、特定の状況では通常有益な微生物ですら、病原性を発揮することがあり、多くの炎症性皮膚疾患でdysbiosisと呼ばれる微生物種の構成異常が観察されることがわかってきた。アトピーでは黄色ブドウ球菌が増悪時に増加することが観察される。
アトピー性皮膚炎の治療
抗炎症剤薬による寛解導入 十分な消炎は掻痒の消失、搔破行動による表皮バリアの損傷と炎症再燃の悪循環を止めることができる。抗炎症薬の第一選択薬はステロイド外用薬であるが 皮疹が軽度であればタクロリムス、デルゴシチニブ(JAK阻害剤 商コレクチム 一日12時間あけて2回 一回は5gを超えないこと びらん面には使わないこと )、ジファミラスト軟膏(cAMP→AMPの分解酵素PDE4を阻害し、cAMPを増やす 商モイゼルト軟膏 一日2回 使用量制限なし)からはじめてもよい。寛解導入に成功したら、保湿剤によるスキンケアを毎日2回行い(軟膏類を利用していれば洗浄剤も必要)
ステロイド外用はプロアクティブへ週一まで。再燃あれば抗炎症剤を速やかに連続塗布して、戻す。汗は放置せず シャワーや清拭、睡眠、ストレスマネジメントを行い治療アドヒアランスを継続する 消炎治療により寛解導入できなかった際は、アドヒアランス、処方が弱い、が多い